影踏み

『かーげふーみしーましょっ』

月明かりの照らす住宅街の細道を歩いていると、後ろから子供の高い声が掛かった。

振り返ると、電柱の影の上に小さな人影が立っていた。

私の胸くらいの高さしかない人影……

けれど、文字通りの影。

上から下まで墨で塗り潰したように、黒い人だった。

『かーげふーみしーましょっ』

そう語り掛けながら、その人影が一歩、また一歩と近付いてきた。

白いビー玉のような目をして、頭を右に少し傾けたまま、摺り足で動くように腰より上を一切揺らさずに、じわりじわりと距離を詰めてくる。

現実離れした光景に茫然としていたけれどようやく我に返り、迫り来る異形から必死に逃げた。

捕まってはいけない。

人影の雰囲気が、私にそう直感させた。

走って走って、ようやく私の家が視界に入った。

『かーげふーみしーましょっ』

その声と共に、奥に立つ反射鏡の細い影から先程の人影が湧いて出てきた。

右に傾けた頭が、カタカタと小刻みに、そして不気味に振れる。

慌てて踵を返し、この道を迂回する方向へと駆けた。

そして再び家が見えたと思えば、またあの人影が物陰から生えてきた。

『かーげふーみしーましょっ』

その声がするたびにあの化け物はズルズルと影から湧き出し、私を執拗に追い回す。

最初は歩いていた人影も、次第に早歩き……小走り……疾駆するようになっていた。

やっとのことで影を振り切って我が家に駆け込んだ私は、扉の鍵を締め真っ暗な玄関に座り込んだ。

影を作る光がなければ、あの怪物も出て来れないはずだ。

荒れた呼吸も、少しずつ治まってきた。

『ブーッブーッ』

と、不意に携帯の着信バイブが鳴る。

そうだ、携帯で誰かに助けを請おう。

私の友達がこういう都市伝説等に詳しかったはずだ。

私はカバンを開け、携帯を取り出し――――

『かーげふーんだ』

「影踏み」の解説・感想