父の手の感触

─おとうさん

─おとうさん、でんしゃがくるよ

私の手の中には、父の手だけが残った。

『今でも覚えているわ。父の手の感触を』

「それじゃあ・・君はずっと一人だったんだね」

『ええ。もう十年以上前のことよ。だから・・』

「?」

『こうして手を繋いでいても、時々すごく不安になるの』

彼女は僕の手を握りしめると。愛おしそうに撫でた。

『あなたが手だけを残して、私の前から居なくなってしまうのじゃないかって』

「僕はどこにも行かない。ずっと君のそばにいるよ」

『きっとよ。きっと私の前から消えてしまわないで』

「それじゃあ・・また明日」

『ええ。この場所で』


いつもの時間。いつもの場所。彼女を待っていると、

ふらふらと歩いてきた老人が勢いよく電柱にぶつかった。

反動で、老人の持っていた紙袋の中身が四方に散らばった。

「大丈夫ですか?」

思わず声をかけ、手伝おうとして、

ふと老人の手が小刻みに揺れているのに気づいた。

「手がご不自由なのですね」

『・・時々震えるのです。娘の手を求めて勝手に動く』

みすぼらしい身なりの老人は、

震える手を摩りながらぽつぽつと語り始めた。

─もう十年以上前のこと、私は娘を連れて線路の上を歩いていた

妻に逃げられ、先に希望もなかった

私は迷っていた。線路の上を、私が歩こうか。それとも娘を歩かせようか。

「・・・」

『・・年寄りの戯言だよ。それじゃあ・・』


俺は、もうここには居られないことを悟った

「父の手の感触」の解説・感想