ある旅館

男は知る人ぞ知る旅行ライターだった。

男はある旅館を訪ねた。

「何年ぶり…いや十何年ぶりか…変わらないな」

年老いたおかみは、
ややぶっきらぼうに男を客室へ案内した

「名刺を見せようか…
いや、もう少し様子を見よう。」

夕方、決して豪華とは言えないが、
手作りの山菜御膳をおかみの娘が運んできた。

「まさに『ふるさとの味』ですね」

娘は

「もっと前に予約をして下さったら…
大した料理も用意できず申し訳ありませんね」

と無愛想に答えた。

「俺がわからないのか?
明日名刺を見せて驚かせてやる。
楽しみにしてろよ」

男は微笑んだ。

夜、おかみと娘は男の客室に忍び込み、
いつもと同じ要領で
ぐっすり眠っている客人をめった刺しにして殺した。

金目の物を取るためにバッグを開けた娘は、
男の名刺を見て真っ青になった。

「母さん、これ見て!
私達大変な事しちゃったよ!」

母は

「もうお終いだ!これはたたりだ!」

と叫び、旅館に火を放って『一家心中』を図った。

「ある旅館」の解説・感想