妊娠

ふと切ない気持ちになり、台所に向かった。

台所で、妻が食事の支度をしている。

ご飯はもう少し待って、という妻に、おなかに触っていいか、と尋ねた。

痩せて華奢な妻の体は、腹部だけが異様に張り出している。

この中に、わたしたちの子がいるのだ。

後ろから抱きしめるようにわたしは妻のおなかをさする。

妻は笑っている。

料理の味見をしていたのだろう。

何かを口に入れているようだ。

妊娠するとつわりでものが食べられなくなることがあると聞いたが、

妻の場合、逆に食欲旺盛になった。

量は少ないが、一日に何度も食べているようだ。

もともと肉は好まず、ほとんど食べなかった妻だが、最近は肉料理もよく食べる。

皿には豚肉が醤油ダレに漬けてあった。

今日はこれを焼いて食べるのだろう。

妻は少し肥った方がいい。

たくさん食べて、元気な子を産んでくれ。

口には出さないが、そう思った。

そろそろいいかしら、お肉を焼かなくちゃ。

妻が言うので、わたしは部屋にもどることにした。

妻はフライパンを火にかけると、皿から肉を一切れつまんで口に入れた後、

じゅうといい音を立てて焼き始めた。

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